「出世ビル」も続々誕生、渋谷がベンチャーの聖地になった理由(2020年1月)

「出世ビル」も続々誕生、渋谷がベンチャーの聖地になった理由(2020年1月)

駅前周辺の再開発でその表情を大きく変える東京・渋谷。この街は、90年代以降ITベンチャーの“聖地”として、数多くの起業家を引き寄せてきた。その後に飛躍したベンチャー企業を生み出す「出世ビル」も複数生まれている。

2021/10/25


【前書き】 この原稿はコロナ前の2020年1月に書いたものです。渋谷再開発の前半戦が終わり、いくつもの新しいオフィスビルが建つ中で、「渋谷になぜITベンチャーが集うのか?」みたいなことをとあるメディアから書いて欲しいと言われて書いていました。
いよいよ記事を公開しようかね、という段階で世の中がコロナに覆われ、緊急事態宣言等により多くの人が自宅作業となりました。オフィスのあり方そのものが再考され始める中、「渋谷」という土地を中心にしたこの記事は少々間が悪く、協議の上「ボツにしよう」ということになりました。
そんなこんなで1年半くらい経ってしまいましたが、「せっかく書いたし、medyで新記事もアップしたいな」と思い、先方に許可をとって今回の公開となりました(ちなみに当記事は先方の編集もある程度入ったものになります)。
この1年半で渋谷再開発はさらに進みました。さらに2023年には文中にもある新大宗ビルも取り壊され、再開発されます。もはや渋谷にスタートアップが入居できるようなビルは存在しなくなるのでは...と危惧してます。それともこれからのスタートアップにはオフィスなど必要ないのでしょうかね?個人的にはオフィスというのは重要だと思ってます。渋谷の穴場を探すのか、それとも他のエリアが隆盛するのか...。
前置きが長くなりましたが、そんなわけで本文にいきたいと思います。文中の情報は2020年1月のものなので、現在とは異なる箇所もありますがご了承ください。記事はしばらくは全公開にしとくので、良かったら会員登録してね。 ------------

駅周辺から様変わりする渋谷

ここ数年続いていた渋谷駅周辺の再開発だが、2019年末でその「前半戦」を終えた。
2012年の「渋谷ヒカリエ」誕生を皮切りに、2017年に「渋谷キャスト」、2018年には「渋谷ストリーム」と「渋谷ブリッジ」が相次いでオープン。2019年に入って国道246号線沿いのオフィスビル「渋谷ソラスタ」や、渋谷駅と直結する「渋谷スクランブルスクエア(東棟)」、東急プラザ跡地の「渋谷フクラス」が完成した。渋谷駅周辺は数年前と比べて劇的に変化した。
前半戦のクライマックスとも言えるのは、2019年11月の渋谷駅の真上にそびえる渋谷スクランブルスクエアのオープンだ。渋谷スクランブルスクエアから渋谷ストリームに繋がるデッキも完成したので、JR渋谷駅東側、国道246号線を越える動線も良くなった。
とは言え、現在オープンした渋谷スクランブルスクエアは、「東棟」のみ。今年3月に東急百貨店東横店が閉店し、これを取り壊して「西棟」「中央棟」が建設される。
渋谷ヒカリエ横の渋谷二丁目エリアの再開発がいよいよ始まるし、桜丘エリアの開発も進行中。これらの再開発が全て終わったら、渋谷の景色は一体どのようなものになるのだろうか。

ITベンチャーの「聖地」、渋谷

「ITベンチャーの聖地」と呼ばれることもある渋谷。筆者自身も「ITと言えば渋谷」という感覚を持っていたりもする。その理由はなぜなのか? たしかに渋谷にはITベンチャーが多い。筆者は自身のブログで定期的に渋谷のIT企業をマッピングしているのだが、渋谷には今もたくさんのIT企業がオフィスを構えている。有名なところで言うと、GMOインターネットとサイバーエージェントだろうか。
時代はさかのぼり、1990年代後半。IT業界では「ビットバレー構想」というものが叫ばれた。ネットエイジ(現ユナイテッド)創業者である西川潔氏によって提唱されたこの構想は、米国のIT集積地「シリコンバレー」をもじったもので、“ビター(渋い)でバレー(谷)”な渋谷を中心地とした、日本におけるITベンチャーの最初のコミュニティを形成した。
しかし調べてみると、ビットバレーと呼ばれていた90年代後半、実は渋谷駅周辺にはあまりITベンチャーは無かったようだ。渋谷に拠点を置いていたのはネットエイジ(現・ユナイテッド)、ホライズン・デジタル・エンタープライズ(現・HENNGE)、インターキュー(現・GMOインターネット)など数えるほどで、実際には目黒から新宿にかけて点在していた。しかしその後はビットバレーの影響か、確実に渋谷がITベンチャーの集積地になっていく。
1998年3月に完成したインフォスタワーに入居していたインターキューが1999年にJASDAQに上場した。2001年には、同年に完成したセルリアンタワーへ移転し、現在に至る。
サイバーエージェントの創業は1998年。当時のオフィスは明治通り沿い、渋谷と原宿の間にあった。その後、表参道を経て、2000年3月に完成したばかりの渋谷マークシティに移転。昨年に至る
まで、本社機能はマークシティに置いていた。
1990年代後半から2000年初頭、GMOインターネット、サイバーエージェントの躍進で確実にITベンチャーの聖地になりつつあった渋谷。だが、それより数年前はどうだったか。
筆者の記憶では、当時は渋谷に大きなオフィスビルがほとんどなかった。唯一あった大きなオフィスビルと言えば、渋谷クロスタワー(旧東邦生命保険本社ビル)くらいだろうか。実際はもっとあっただろうが、1990年代半ばまでは109やPARCOなどの商業施設と小さなお店ばかりが立ち並ぶ「商業の街」、もしくは109発の女子高生カルチャー、いわば「コギャルの街」だった。

渋谷が「聖地」になった2つの理由

ではなぜ渋谷が「ITベンチャーの聖地」になったのか。その理由は2つあると考えている。
1つはやはりビットバレーの影響だ。ムーブメントが起きたことで、人々の潜在的な意識に「渋谷=ITの街」というのが刷り込まれていったことは大きい。そして2つめの理由は、書籍『渋谷ではたらく社長の告白』(幻冬舎)の影響だろう。言わずもがな藤田晋氏の著書であり、多くの起業家が「バイブル」としてその本を読み、参考にした。特に「76(ナナロク)世代」と呼ばれる、1976年前後に生まれた起業家は、相当にこの本に影響を受けたのではないだろうか(編集部注:76世代として代表的なIT起業家には、グリー創業者の田中良和氏、ミクシィ創業者の笠原健治氏、はてな創業者の近藤淳也氏などがいる)。
この2つの理由から渋谷が「聖地」になったと僕は考えている。もちろん、周辺に大学が多く、学生起業家やインターンを輩出しやすかったということもあるし、若いITベンチャー従事者が、学生時代に過ごした渋谷に愛着を持っていたということも理由としてあるだろう。しかし“聖地”となるには少し足りない気がしている。聖地という言葉を使う以上はやはり“聖典”が必要で、その聖典が藤田氏の書籍であったのだと筆者は考えている。
前述の通り、2000年から渋谷マークシティにサイバーエージェントは入居しているが、現在は本社機能を渋谷・宇田川町のAbema Towersに置き、一部の機能を渋谷スクランブルスクエアに置いている。2019年に完成したAbema Towersは、センター街の奥、井の頭通り沿いにあった渋谷ビデオスタジオが取り壊され、しばらく駐車場になっていた場所に建てられたビルである。余談にはなるが、Abema Towersの隣にあるサイゼリヤが入っているビルにはかつてタワーレコード渋谷店だった。Abema Towersの向かいにあるマンハッタンレコード(Hip Hopメインのレコード店)と合わせて、音楽カルチャーの中心だった場所でもあり、音楽配信サービス「AWA」の運営やHip Hop番組「フリースタイルダンジョン」のスポンサーなどを行うサイバーエージェントらしい場所だなと思っている。

渋谷に存在する、ベンチャーの「出世ビル」

実は、冒頭で触れた渋谷再開発の影響で、この数年で多くのオフィスビルが取り壊されている。その中には、取り壊しまでの短い期間に限定して貸し出しを行うビルも少なくなかった。一般的にオフィスを借りる時は2年契約が多いが、そういったビルは1年契約など賃貸契約期間が短く(定期借家契約)、賃料も割安の場合もある。資金的に余裕は無く、またすぐに成長して移転する可能性のあるベンチャーにとって、この条件は好都合だった。
このような「取り壊し前」のオフィスビルには若い企業が集まる。誰もが有名で大きなオフィスビルに入居できるわけではない。手頃で身の丈にあったオフィスビルに集うのだ。結果として、入居するベンチャーが次々と大きな成長を遂げて飛躍していく、「出世ビル」がいくつも生まれた。
筆者の個人ブログでも以前取り上げたことのある、道玄坂上の「第一暁ビル」はそんな出世ビルの1つと言えよう。「MERY」運営のペロリ(当時)、「Qiita」運営のIncrements、「note」運営のピースオブケイクなどがかつて入居しており、現在も有望なベンチャーが入居している。
その他、LINE CUBE SHIBUYA(旧渋谷公会堂)横にある「渋谷ホームズ」や道玄坂に点在する「新大宗ビル」などは、ベンチャーが初期に借りるオフィスとして選択肢に上がりやすく、またそこからいくつも有望企業が羽ばたいていった。
渋谷ホームズは、HRtechのROXXや給与即日払いサービスのペイミーなどが創業初期にオフィスを構えていた。ROXXは赤坂の高層ビルに、Paymeはマークシティにそれぞれ移転している。
道玄坂に沿って「新大宗」の名を冠するビルは複数並ぶが、そのいずれにも、複数のベンチャーが入居してきた。筆者が拠点を構える「Hive Shibuya」も新大宗ビル3号館にある。この3号館は、昨年上場したBASEが入居していた。現在は就活クチコミサイト運営のワンキャリアが1号館に入居しているほか、数多くのベンチャーの根城となっている。
再開発にともなって取り壊されたが、桜丘にあった「シャレー渋谷」も、ビズリーチやコインチェック、delyなどを輩出した出世ビルだった。

“東京の東側”に広がるベンチャーのオフィス

前述のとおり、渋谷再開発の前半戦は終わり、後半戦が始まった。ベンチャーが入居しやすい安いビル(往々にして古い)は取り壊され、また新しく建ったオフィスビルは賃料でも広さでも彼らに適していない。今後ベンチャーはどこにオフィスを借りたら良いのだろうか。
数年前から渋谷、恵比寿地域のオフィス賃料の相場は右肩上がりだ。空室率は限りなくゼロに近づき、そもそも借りたくても物件が無いという状況が続いている。空きがでるとすぐに埋まってしまう。渋谷、恵比寿でオフィスが見つからなかった会社が、一時期、五反田に流れた時期があり、五反田拠点のベンチャーが「五反田バレー」と銘打ってコミュニティを形成していることも話題になった。だが最近では、五反田ですらベンチャー向けのオフィスが足りなくなってきているという話だ。そんな中、去年あたりから注目を浴び始めたのが東京の「東側」だ。
旅行サービスを展開するHotspringは稲荷町、献立と素材のECサービスを手がける10xは水天宮、ブロックチェーン関連の開発を行うLayerXは日本橋に拠点を置くなど、注目企業が東京の東側にポツポツと出現し始めた。山手線の西側(五反田から新宿あたり)に集中していた創業期のベンチャーが、山手線の東側に分散をし始めたのだ。中央区、台東区などは渋谷などに比べて空き物件が多く、賃料も安い。創業間もないベンチャーにとっては魅力的だ。
筆者が個人的におすすめしたいのは千代田区エリアだ。実は半蔵門、九段下、市ヶ谷、神保町、水道橋あたりは手頃な賃料のオフィスビルが多い。飲食店も多いのでランチも困らず、渋谷などほかのベンチャー集積地へのアクセスも良い。オフィス移転の選択肢としてあまり候補に挙がらないエリアで、穴場だと言える。
先ほど渋谷の出世ビルの話をしたが、出世ビルはなにも渋谷だけのものではない。六本木の黒崎ビル(グリー、弁護士ドットコムなど)、乃木坂の寿光ビル(エニグモ、ユナイテッド、アイスタイル、エブリー)なども有名だし、「出世部屋」で言えば赤羽橋のMSビル4階(ビットセラー、freee、コネヒト、smiloops)、エグゼクティブタワー麻布台601号室(コイニー、SmartHR。現在は取り壊されている)、SENQ六本木(メルカリ、メドレー)など、出世ビルや出世部屋は都内各地に存在する。
渋谷が「ITベンチャーの聖地」であることは当分変わらないと思うが、創業間も無いベンチャーが渋谷に居を構えるのも当分難しそうだ。創業期は限られた予算の中で事業を伸ばす必要がある。渋谷に無理してオフィスを構える必要はない。自分の会社のストーリーに沿ったオフィス選びをしよう。会社が成長した後に「聖地」にオフィスを構えても遅くはない。(完)

※文中の情報は2020年1月のものなので、現在とは異なる箇所もあります

匿名で質問やリクエストを送る

※登録・ログインなしで利用できます

メールアドレスだけでかんたん登録

  • 新着記事を受け取り見逃さない
  • 記事内容をそのままメールで読める
  • メール登録すると会員向け記事の閲覧も可能
あなたも Medy でニュースレターを投稿してみませんか?あなたも Medy でニュースレターを投稿してみませんか?